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僕がむかしフられた女の子は、歌舞伎町で働いていた。
女王ではなかったが、夜の売れっ子だったのだろう。いつもきらびやかで派手な身なりではあったがケバケバしいおしろいに染まることはなく、どことなく高貴な品性を保っていた。貴族の血を引いていたのかもしれない。とはいえ彼女の性根は奔放・絢爛・蓮ッ葉で、根暗キモ☆ヲタクな僕の対極に位置しているような見目すがたであった。全身ほぼ黒服の冴えないキモ☆ヲタク姿でヨロヨロと歩く僕と並ぶ彼女は、ずいぶんアンバランスなものだったろう。
仕事も私生活も奔放イケイケで多忙な彼女にもひとときの憩いの場所は必要だったようで、その数少ない居場所がたまたま僕のひいきの飲み屋と重なっていたというのが運命の交差点、いわば誤配である細い縁の始まりであった。ろくに飲めないお酒についての知ったかぶりの知識を披露したことが案外ウケたこと、それよりも夜の新宿カンラク街に似合わない冴えない姿がウケたのかもしれない。憩いの場所で過ごすに最適な相手だと判断されたのかもしれない。余計な駆け引き抜きで一緒に時間を過ごせるという一点があったから、お互いにそのまま憩いの存在になれたのだろう。
なんせ彼女は奔放・絢爛・蓮ッ葉だったものだから遊ぶ男はたくさんいたようだけど、僕にも会ってくれた。多くは求められなかった。自分ひとりの稼ぎでじゅうぶんなのであなたからはとくになにももらわない、と言われたことに対して、そりゃマルクスが聞いたらたまげるね、と冗談を返したが、これは伝わらなかったようだ。ちなみに当時マルクスはろくに読んでいなかったし、いまも読んでいない。デタラメだ。
金の切れ目が縁の切れ目がとは巷間でよく言われることだが、若き日の僕が幼く、経済的に彼女よりも下のランクにいたことがコンプレックスとなり、しだいに隔たりを広げていくことになったのだ。僕にとって彼女は女王のような高見にあったので、物質的に高価なものを贈り喜んでもらいたいとしばしば願っていた、が、彼女にとって僕は臣下でも下僕でもなく、あくまでも対等でいたかったのだろう。それを汲み取れない僕に対して愛想を尽かせ、一番の推しだという男との情事を演じて自分のことを嫌わせようとした彼女のその演技を見抜けなかった幼い日の僕は感情のままに彼女から離れてしまい、最後まで源氏名しか名乗らなかった彼女との思い出はカンラク街新宿の幻灯の明滅のごとく時とともに薄れていった。同情を欲した時に全てを失うだろう。
椎名林檎のアルバム「無罪モラトリアム」に収録されている、たった3分弱の「歌舞伎町の女王」一曲の中にはドラマが込められてる。夜の歓楽街を描いた作品は、ともすればケバケバしくなるかドロドロになるか、さもなくば嘘くさくなるものだ。しかしこの作品で描かれるストーリーは大仰な作り話的でありながら、嘘くささがない。常にカンラク街歌舞伎町という中心を意識させつつ、歌詞において主立って描かれるのは中心を取り巻く周辺のエピソードで構成されており、それが嘘くささを打ち消しているのだろう。
ん、あれ?もしかして僕はひとの嘘を嘘と見抜けていないからいつもフられているのだろうか?
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