地獄の免許合宿 ~外道も涙~

エッセイ

ハッピーバースデートゥユ~

優しいほほえみと祝福の歌に包まれながら,9歳の少年は嬉しそうにローソクに息を吹きかける。ほんのりオレンジ色の視界が暗闇になると,割れんばかりの拍手が鳴り響く。少年は満たされていた。美味しそうなケーキに,祝福してくれる家族や友達,自分の将来は明るいものだと確信していた。

 

そして月日は流れ10年後

 

19になった少年彼は段ボールの上に横たわり,見知らぬ,天井を見つめていた・・・・・

 

話は大学1回生(18歳)の時に遡る。通い慣れ始めた学食で,夏休みに大学の友人と免許合宿に行く予定を立てていた。それぞれバイトやサークルで多忙であり,なかなか予定が合わなかったが,ようやく皆が納得できる期間を見つけることができた。しかし,期間を決めたことに満足した我々は,具体的にどこの自動車学校に行くかを考えることなく,いたずらに月日は流れてしまった。

しばらくたって,「そろそろ締め切りとかやばいんじゃね?」という友人の発言により,あわてて探したが,どこもギリギリchop過ぎて締め切りが終わってしまっていた。

そんな中,まだ募集している学校があった。値段も他と比べたら安かったため,ろくに調べもせず,すぐに入校の手続きをしてしまった。ギリギリ滑り込んだそのバスは名古屋発地獄行きだったということは知らずに。

 

さて,入校当日になり,新幹線で向かうこととなった。偶然にも,入校初日は私の誕生日であったが,特段気にすることもなく,ちょっとした旅行気分でいた。その浮ついた気持ちは友人達も同じようであり,車内では事前にチョロっとだけ調べた学校についての情報を話し合った。

 

『休み時間にはテニスコートでいい汗ながそう!』だって!!

『湖を臨む大露天風呂』ってのも見逃せないな!!

いやいや,何と言ってもこのパンフレットの可愛い教官ナリよ!吾輩,夜の教習にて,教官の関越トンネル内で激しいデッドヒートを繰り広げてみせるナリよ!!

 

いやはや,吾輩の友人は皆,愉快な者たちナリ。

 

さて,そのような歓談をしているうちに目的の駅に到着した。そこからは送迎バスにて学校へ向かうことになるのだが,バスに乗りはじめてからというもの,我々の顔は厚い雲に覆われることとなる。その理由は,バスがひたすら「無」に向かって,走っていることに気が付いたのである。

 

「無」というのは,街から外れ自然豊かなところに向かっているという意味ではない。文字通り「無」の空間なのだ。例えるならば,LEGOブロックの緑色の下地のような空間が目前に広がっているのだ。

本当にこんなところに,女子大生と楽しむテニスコートや,露天風呂があるのだろうかという不安が募ってきた頃,バスは乱暴に停まり我々を吐き出した。そこには,ゲロで建造されたボロボロの男子寮がそびえたっていた。

北乃きい似と言われて期待してたら縄文時代の土偶が現れてしまった名古屋のピンサロのパネ写詐欺が可愛く思えるくらい,キミ写真と違くない?状態であった。(後から聞いたが,テニスコートや露天風呂があるのは少し離れたところにある女子寮だったらしい。)

 

中はというと,完全個室と謳っていた部屋は,大部屋にペラペラの板(穴つき)で区切られていただけであり,隣人のティッシュを取る音すら聞き取れるレベルであった。また,緑色の斑点(おそらくカビ)がオシャレなマットレスはバネがむき出しになっており,そのまま寝るとバネがお尻に刺さって痛い。見た目は最悪だが段ボールを敷くしかないと思い,スーパーマーケットに行こうと場所を調べたところ,一番近くても徒歩30分であった。きれいな飲み水を手に入れるために,何時間もかけて汚いポリタンクに水を汲みに行くアフリカの子どものように,炎天下の中,30分かけてスーパーマーケットに行き,また30分かけてトボトボと帰った。なぜ,誕生日にこんなことをしているのだろうか。寮に帰り,すぐにユニセフに募金した。

ユニセフ・マンスリーサポート・プログラム〜毎月(定額)の募金・ 寄付で世界の子どもを支援 | 日本ユニセフ協会
月々の募金・寄付で、世界の子どもたちを継続的に支援する「ユニセフ・マンスリーサポート・プログラム」。皆さまの毎月のご寄付が、世界の子どもたちの命と未来を守る大きな力になります。

 

寝心地は依然として最悪なものの,お尻の出血(ケツなだけに)は何とか避けられそうだったので,とりあえず良しとした。隣人が4枚目のティッシュを擦る音が聞こえたころ,初の教習の時間が来たので,学校に行くことにした。せめて,あのパンフレットの美人教官でこの心を慰めてくれ・・・!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

呂布カルマ(40)だった。

全てが嘘。嘘オブザイヤー金賞。キノピオも勃起するくらいの嘘。

しかも,呂布カルマ(40)教官は日ごろヤンキー生徒相手に溜まった巨大なストレスがあるのだろう。ピュアでプリプリボーイな自分を見るやいなや,厳しい罵声を浴びせた。

 

「バカ!!そんなことも分かんねぇのか!!」

「帰れ!!!お前なんか運転しない方がいいんだよ!!」

「終わった後しゃべんな!!!!」

 

臭豆腐メンタルの私は浴びせられる激しいディスのシャワーにクリティカルヒット直前だった。

それでも何とか耐えていたが,何気なく言った「う~ん,そうですね」という言葉に,

 

年上に向かって,うん,じゃねぇだろォ!!!!テメェ今いくつだ!?

 

「エッ・・アッ・・18,イヤ,今日19ニナリマシタ・・・」

 

と世界一悲しい誕生日カミングアウトをしてしまった時,一筋の光が目からこぼれ落ちた。

 

教習がおわりトボトボとゲロ宿舎に帰る。

「俺忙しいから,5分で出ろよ?!」と寮のジジイに言われた浴場は,大量の陰毛がぷかぷか浮かび底が見えないほどだった。入らない方がキレイになるなと思い,2分でシャワーを浴び,大量の陰毛が散乱する脱衣所でそそくさと着替える。

「3分で出ろっていったよな?!」と無茶苦茶なジジイに怒鳴られながら部屋に戻ると,薄暗い部屋で段ボールベッドがぼやっと視界に入る。段ボール越しに伝わるバネの感覚を感じながら横たわると,暗い天井にあの日のバースデーケーキが浮かび上がってくる。途端に悲しくなり,涙が溢れてくる。必死に泣き声を抑えたが,きっとこのペラペラの壁では,隣に聞こえていたのだろう。

隣人のティッシュの音は,流した涙を拭きとるための音であったと知った瞬間でもあった。

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